けっして邪道ではない。
王道を貫いたプロレスラーだと思う。
平成29年10月31日。
また一人のレスラーがリングを去る。
大仁田 厚(60)
さびしいですよね。
僕が初めて大仁田厚の試合を見たのが高校生の頃。
1999年1月4日の佐々木健介との試合。
大仁田厚のパフォーマンスを初めてみて、完全に虜になりました。
そして、
1999年4月10日の蝶野正洋とのノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチ。
この日が楽しみでワクワクしていたのを思い出します。
大仁田厚選手を、タレントだったり国会議員だと思っている人もいるかもしれない。
大仁田厚はプロレスラーです!!
2017年の今年に我が町に大仁田厚がやってくると聞いたので、約20年ぶりにプロレス観戦に行きました。
しかも、大仁田厚がアジアタッグチャンピオンとしてのタイトルマッチだから是非観てみたかった!!
入場曲 ♬wild Thing に興奮し花道まで走りました。
近づいたら、水をかけられました(笑)
試合開始早々の場外乱闘に大興奮!!
パイプ椅子での反則攻撃には相手選手に同情。
長テーブルの上でパイルドライバーまでしちゃうのーー!!
毒霧殺法も生で見れました(^^)
最近テレビでプロレスを見る機会がほぼ無いが、生で観るプロレスの試合は久々に興奮して大きな声で応援もしたりして、プロレス好きにはたまらないひとときでした。
大仁田厚選手の引退は、やっぱりさみしいですね。
今日の引退セレモニーではリングに母を上げたそうです。
還暦ともあって、赤い革ジャン姿で母親に言ったそうです。
「俺、弟よりバカ息子だからさぁ…。心配ばっかりかけて。」
「母さん、母さん、母さん。心配かけて、すみません。」
試合前に涙しながら母に何度も謝罪したみたいですね。
まとめ
大仁田厚選手は今日で6度目の引退。
きっと大仁田選手はプロレスだけが好きだったわけじゃないと思う。
プロレスを通じてファンを楽しませることに喜びを感じるエンターテイナーでしょうね。
僕だって、彼のパフォーマンスを見ていなければプロレスに興味を持たなかっただろうし、今日のブログも書いていないでしょうね。
邪道を演じきった大仁田厚は王道を貫き通したことでたくさんのファンを獲得し、プロレスの楽しさを伝えていった功労者だと思う。
それは、都会とは言えない我が町でのプロレス興行でたくさんの人達で会場を埋め尽くした大仁田厚選手の影響力を生で観たから言えることです。
ありがとう大仁田厚。
そしてお疲れさまでした!!
僕は引退後も大仁田厚のファンでいたいです。